ヒコロヒー、吉住THE W優勝に涙!その理由は?
- サエグササエル
- 2022年12月29日
- 読了時間: 2分
2021年5月11日放送のチバテレビ『白黒アンジャッシュ』にヒコロヒーがゲスト出演。司会のアンジャッシュ児嶋がインタビューを行った。
ヒコロヒーは愛媛県出身。学生時代、地元では1軍のヤンキーが来たら逃げるレベルの2軍の不良だったという。
芸歴は10年目で、元々は大阪松竹から始まり、5年目に東京進出。
芸名の由来は、カタカナで好きな文字が90度の直角がある文字だったので、それを適当に集めて作った。そのため意味は無い。
キャッチコピーは『国民的地元のツレ』。
芸人になったきっかけ
大学時代、先輩にご飯を奢ってもらう約束で、学祭のお笑いコンテストにピンで適当に参加(当時はコント風のネタを披露)。
それをゲストで来ていた松竹芸能のなすなかにしのマネージャーに気に入られ、スカウトされた。
元々、映画(配給関係)かラジオの裏方(作家・ディレクター)志望で、松竹芸能の親会社が松竹なので、映画関係者と繋がりができると思い、名刺を受け取った。
現在も、「(芸人は)あんまり向いてないんだろうな」と思いながらやっている。
下積み時代
芸人で食えるようになる前は、スナックでバイトしていた。
理由は(休むなど)融通が利き、時給が高く、仕事内容も少ない(お酒を作る・話を聞く)ため。
だが、酔っ払いおじさんの態度に腹が立ってしまい、これまで20回ほどクビになっている。
またヒコロヒー自身は、ウイスキーと日本酒を一晩で1本ずつ開けるほどの酒好き。
最近は俳優業にも進出しているが、元々は断っていた。だが、自分で何かを撮影したいと思い、勉強を兼ねて、俳優の仕事を受けるようになった。
芸人人生のターニングポイント
芸歴3年目くらいの時に『踊る!さんま御殿!!』(2014年10月14日放送回)に出演。
結果を出そうと頑張ったが、何もできず、気が付けば由比ヶ浜までタクシーで行って海を見ていたという。
その結果を1年間引きずり、考えた結果、もう一度さんまさんに会うまではと、芸人を続けることにし、2020年12月30日放送の『アメトーーク!』で再共演を果たした。
交遊録
霜降り明星のせいやとは酒を飲み、粗品とは麻雀を打つ仲。
また、2020年の『THE W』で優勝した吉住とはツーマンライブもするほど。『審判』のネタはツーマンライブで観ており、優勝の瞬間は見ていて涙が出たという。
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