吉田拓郎、学生時代のスター伝説!
- サエグササエル
- 2022年10月15日
- 読了時間: 2分
シンガーソングライターの吉田拓郎が、2022年6月10日放送のニッポン放送『吉田拓郎のオールナイトニッポンGOLD』で、フォークソングを始めた頃の事を語った。
吉田は広島に住んでいた学生時代、『ザ・ダウンタウンズ』というR&Bのロックバンドの活動をしていた。そのバンドは中国・四国地方では名を馳せ、全国大会でも4位の成績を収めた。
またその頃、フォークソングが流行り始め、広島にも『広島フォーク村』というサークルが出来て、吉田はそちらにも入って活動していた。
ただ、吉田はフォークの神髄について深く探求しようと思うことはなく、流行に対し、見よう見まねで弾き語りを始め、そして強い憧れのあったボブ・ディランのマネをしていたが、ボブ・ディランの反戦や政治的メッセージには理解や興味はなく、ラブソングを中心に作っていった。
そして広島で知名度のある吉田が流行のフォークを唄うイベントを行うと、それなりにウケていたと控えめに語る。
ただ吉田のフォーク活動を、ロックバンドのリーダーだったM氏(既に他界)はよく思っていなかったと吉田は感じていた。
実際、興味が無いため、後に吉田が凱旋して広島で行うコンサートにM氏が来てくれることはなかった。
フォークはR&Bに比べ、ギター1本で出来て、コード進行もわかりやすく、女子ウケが良かった。当時女子を意識していた吉田はR&Bとフォークの両方で女子の人気を獲得し、「調子のいい大学生だった」と述懐した。
また、ギター教室も開き、吉田のギター教室は他と比べて大盛況で、女子高生や女子大生で溢れ、ウハウハだったと回想。
月謝も取り、月々のバイト代も潤っていて飲み代が充実していたため、そこに関してはM氏も何も言わずにジントニックを飲んでいたと振り返った。
そして、この放送で『吉田拓郎のオールナイトニッポンGOLD』が年内をもって終了することが本人の口から発表された。
Comments