錦織一清、植草克秀とYouTubeを始めた理由!
- サエグササエル
- 2022年9月23日
- 読了時間: 3分
錦織一清が、2022年9月14日放送のニッポン放送『高田文夫のラジオビバリー昼ズ』にゲスト出演。意外な好きなものについて語った。
錦織は小学6年生(12歳)から43年ジャニーズで活動し、2021年に独立。
元々、1959年生まれの姉が高校生の時、フォーリーブスなどに惹かれていた。そして何かで募集のようなものを見つけ、一清に内緒で履歴書を送った。弟がいる子は履歴書でも書いて送ってみよう、という遊びが内々であったという。
そして一清は受かったが、レッスン場だったリハーサル室などはちゃんと当時から女人禁制で、母親も姉も入れなかった。
また、当時は人数が少なく、錦織はジャニーズがレッスン場に使っていた旧テレビ朝日社屋のリハーサル室に呼ばれたものの、東京生まれながら六本木に行くのは初めてで、慣れるまで親に2~3回ついてもらって通ったと振り返った。
そして1995年に『蒲田行進曲』に携わり、演出に関わるように。つかこうへい氏は公の場ではダメ出しを一切せず、呑みの場所でお願いすると、ダメ出しをくれるような人だったと語った。
ニッポン放送とは、まだレコードデビューする前からレギュラー番組を持たせてもらった間柄。昔の社屋にはよく来ていたが、今の社屋には1~2回目。退所してから初のニッポン放送出演となった。
この時錦織は“玉転がし”(ゴルフ)をして日焼けしていた。また、社員食堂のような場所がメニューが豊富で好きで、たまに役所の食堂に紛れ込むそうだが、現在のニッポン放送には社員食堂は無かった。
ジャグリングとヌンチャク
現在57歳。気道の変なところに入っちゃう事が多くなったり、ちょっと反射神経の衰えを感じてきて、落ちそうになったモノがギリギリでつかめなくなったりしてきたと語る。
特技はジャグリング。元々、フジテレビ社員の紹介で、オーストラリアのシルク・ドゥ・ソレイユのテントで、中学生くらいの女の子が先生になって教えてくれてマスターした。だが、それも心配になってきたという。
だが一番好きなものはヌンチャクで、ブルース・リーのモデルのレプリカを作ってもらった事もある。よく見ると、ペンダントもヌンチャク型を知り合いから譲り受けたものだった。
YouTuber活動
来月には植草克秀とのディナーショーを開催。2人だけでやることは今までなかった。
去年12月、植草単独のディナーショーに錦織がサプライズゲスト出演。その後、ファンの集いを合同でしないか?という話から盛り上がってディナーショーをする事になったという。
2人のYouTube『ニッキとかっちゃんねる』も、元々は植草がいとことやろうとしていた『かっちゃんねる』に誘ってもらって、現在の形になった。そのいとこは裏方として手伝ってもらっている。
布施明の曲が好きで、カラオケでよく唄う。『マイ・ウェイ』をリクエストした。
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